ブログみよみよ日記

ピースキャンドル☆

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告知どおり本日はピースキャンドル行いました

にしても寒かったっ

それでも、多くの方が「私もつけたい!」と、足をとめ火を

灯してくださいました

衆議院比例代表北信越ブロックの藤野やすふみさんも

みなさん、今年を振り返り、いろいろ考えることがあったとのことですが、

今回わたしたちのテーマは「原発」を大きくかかげました

事前の実行委員会では、福島出身の方の話も聴かせていただきました

彼女は震災直後からなんども実家に戻り、現地の声や想いを聴き、

金沢からも客観的な正しい情報を送り続ける中、「自分もなにか

しなきゃいけないのでは」と、石川県内で福島や被災地から来られた方

のつどいを企画したりしてがんばっています

「自分が生まれ育ったときの福島が今では幻想のように思える」

その言葉通り、ふるさとが変えられてしまったことで彼女の人生も

変えられてしまったんだと、心が震えました。

被災されたみなさん、原発事故で生活が一変してしまったみなさんに心をよせ

、心身ともにすり減らしがんばっている彼女を応援するためにも、今回の

ピースキャンドルは行われました

2003年からイラク戦争や憲法9条、米軍基地問題などテーマを積み重ね

行われてきましたが、今年のキャンドルはより強い光を放っていたように

思います

自分の心の灯も絶やすことのないよう今後も継続していきますし、いろんな

方にもご参加いただければと思っています

ぜひ、このような取り組みに参加したい方はいつでもご連絡ください

議会が終わっても、慌しい毎日です

といっても、学びたいところに足を運ぶことは本当に楽しい

本日は、医療福祉問題研究会の定例会にも参加

「救貧より防貧の思潮を生んだ加賀百万石リストラ士族たちの意地と「日本型福祉論」

への影響 というテーマで平野優教授のお話を伺いました

一言ではまとめきれないほど、初めて知ったことばかりで新鮮でした

「金沢の人はプライドが高い」とよく言われていますが、今日の理解では、

石量は日本でトップレベルであったにも関わらず、お上ににらまれないように

自慢せず目立たないようにしていたが、「本当はすごいんだ」という想いが根強く

あったということ

その証拠に「加賀百万石」という言葉ができたのは、明治以降で

使われだしたのは戦後とのこと

また、前田家が東京へ転居し金沢城が破壊され、行き場を失った士族たちは、

薩長への対抗心を燃やしながら、皇室、将軍とその時代時代で長いものに巻かれ

ながら絶妙なバランス感覚で財を増やしていった

多分もっと断片的にしかわかっていないけど、非常に勉強になりましたし

政治の世界に身をおく者として、政治を歴史的な流れで見ることの大切さ

を再確認。

金沢の歴史もっと勉強しなきゃ

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